2019年06月18日

その日々の中にある豊かさを僕らはいくつ知っているのか?

・・・タイトル、ちょっと秋元康大せんせー風にしてみました(゚∀゚) 


すっと空き家になっていた近くの家が
昨年取り壊されて、新しい家が建ったのですが、

それ以来、空があまり見えなかった部屋からもよく見えるようになりました。

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まあ写真にとると電柱が目立ちますけど(笑)

日曜日、絵にかいたような濃い青空に白い綿雲を
ゴロゴロしながらぼ〜っと見てたら気持ち良かったです(*‘ω‘ *)

そして夕方に外に出たら今度は月があまりに見事で思わず見とれました目

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写真では電球みたいに見えますけど(笑)
まだ暗くなる前の夕空に大きな月が浮かんでる様子はちょっと感動でした(*´▽`*)


普段何気なく過ごす日常生活が
こんなにきれいなもの、心地よいものにあふれてるんだな〜ぴかぴか(新しい)って
思ったら、心豊かな気持ちになりました(*‘∀‘)


最初からそう感じられたらいいんですけどね、

空が見えない部屋から見える部屋になってやっと空が見えるありがたさに気づけたり、
常夏の国から四季のある国に来てやっと季節ごとの風景の移り変わりの美しさに気づけたり、

対比するものがないとなかなか今ある豊かさに気づけないものだなあ〜って思います。

でもそう考えると、嫌な体験も、
うれしい体験を味わうための前フリなんだと思えるかもしれないですね。


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娘の部活で早朝からお弁当作って
自分の分のおかずもお弁当に詰めたら、ここでもまた心豊かな気分に(*‘∀‘)


でもこのお弁当の食材の買い出しでスーパー行ったときに、「今月ピンチだから」と、
「これほしいなあ〜でもこっちのほうが安いし。もっと安いのないかな〜」
なんていちいち迷ってうろうろしていたら、
ものすごく時間がかかってしまい、
その間やろうと思ってたほかのことができずに、
「・・・結局は時間の無駄だった」と思いました( ;∀;)


こういう主婦がいるからデフレになるのか・・・( ̄▽ ̄)


この経験にちょっと反省してたら、ふと思ったのですが、

買い物って、お金を払うとそのぶん買った商品やサービスが自分のものになる、
と考えると、自分を豊かにしてくれる行為なんですよね。

でも、買ったぶんお金が無くなると考えちゃうと、逆に、
買い物が自分を貧しくさせる行為のように思えるんです。

つまり、自分にフォーカスするのか、お金にフォーカスするのかで、
どっちが豊かに思えるかが正反対になっちゃうんですよね。


それでいうと、今までの私の意識はまだまだお金のほうに偏ってた、
というか、お金を持っているかどうかにフォーカスするように
ある意味マインドコントロールされてたみたいです(;・∀・)


お金のほうにフォーカスしちゃってると、
ふだんどんなに切り詰めたとしても、物は買わなきゃいけないし、
光熱費とか保険とか税金とか払わなきゃいけないものもあって、
支払いがゼロにはならず、どんなに生きてくために必要なお金だとしても、
使うたびに自分が貧しくなると思っちゃう。

そうすると、例えば子育てなんかも、
子どもを育てることが心をすごく豊かにしてくれるものだけど、
育てるのにはめっちゃお金がかかると考えると、自分の生活を貧しくする存在になってしまう。

それってなんか悲しいじゃないですか・・・( ;∀;)


だからこれからはもっと、お金を払うときの意識を、
そのお金で得られた豊かさのほうへ向けていこう〜って思いました(*´▽`*)



考えてみれば、お金にフォーカスした場合、
「お金を使った分だけ、人は貧しくなる」わけだから、
「豊かさとは、使っても無くならないだけのお金を持ってること」
ってなりますよね。

使っても無くならないだけのお金っていうと、
具体的には、定年後に2000万円でしたか?( ̄▽ ̄)


一説には2000万以上貯められてる60歳が三分の一だとかで、
その人たちだけが豊かだってことになってしまう。


本当は私たちの心を豊かにしてくれる夏の青空も月も無料なのに。



確かに現実を見ると定年で働けなくなってもお金は使わなきゃいけないわけで
俺の年金どこ行った?(笑)って思うし、
子育てにもお金はかかるけどね、


でも私たちはもっと豊かさに心を向けていくことはできる



個人的にも今いろいろな面で今までのやり方を変えて新しいチャレンジをしている時で
お金のことを考えると不安や落胆ばっかですが、
自然と湧き上がってくる、日常の豊かさを感じる気持ちをもっと味わっていきたいなと思っています(*´▽`*)

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