2019年06月13日

令和のスピリチュアルはマスターよりCEO?

この前、ネットニュースをたまたま見てたら「逆ギレ傷害事件」の特集をやっていたのですが、

誰かに注意されて逆ギレする時っていうのは、注意された内容が正しいと思ってる場合が多いらしいです。

相手が間違ってたらそこまで反応はしなくて、図星でいたいところを突かれるからこそ逆上するんだとか。


前のブログで書いたように、人の心理として、自分を責めてると、
誰かからその部分を責められるし、自分自身がそれを責めてるからこそ穏やかではいられない・・・
っていうのがあるんだろうな、と思います。

自分を責めないで、他人も責めず許せる人が増えたら、
もっとみんなが生きやすい世の中になるかもしれませんね。


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この前書いたように今年のプランターはトマトが豊作です。

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キュウリもなり始めましたわーい(嬉しい顔)



さて、この前梅を梅酒にするっていう話でも紹介したように、

スピリチュアル業界でよく言われる、

魂がマスター(主人)で、体やマインド(思考、心)というのはサーバント(召使)

という言葉がありますね。

マスターの言う通りに動いておけば不要な苦労もしなくてすむし、
本当の願いもかないやすくなるんだけど、
みんな逆になっちゃって、体やマインドに振り回されてるから
うまくいかないんだよ、っていうお話ですね。

これは本当にその通りだって思います。

実際に私も心の奥底の本音の部分をしっかり聞いてその声にしたがうことで、
すごく人生生きやすくなりました。


ただ、この三次元の地球にいる人間にとっては、

体や思考の望みをまったく聞かないでいたら、生存ができないわけですよね。

のど乾いても何も飲まなかったり、お腹すいてもずっと食べないで
生きていられる達人みたいな人もいるけど、
それができなかったら、下手したら死んじゃうかもしれません。

だから欲っていうのも、人がこの世で生きていくため、
そして命を子孫に受け継ぐために、必要なものだと思うんです。



これが精神的な修行を積んで、体や心の欲望を超えて神100%になり、
超能力を身に着けた人なら、欲はいらないと思うのですが、

私のような煩悩だらけの人間にとって、
実際には欲をなくすっていうのは現実的には難しいところがあります。
(食いしん坊だし)

そうすると、マスター100%では生きられなくて、
どうしてもサーバント側に振り回されることがゼロにはならないわけですね。


それならば、そんな魂に絶対服従できない私みたいなフツーの人間はどうとらえればいいかっていうと、

魂はマスターじゃなくて会社の社長とか、CEO

ぐらいに考えてみたらいいんじゃないかと思うんです。


社長の大事な役目っていうのは
「これからこの方針に向かって行きましょうね」
っていうビジョンを社員たちに示すことで、

このビジョンが定まらないと、社員たちがどう動いていいかわからなくて
バラバラな行動をしてしまい、経営に限界が訪れやすい。

かといって、社員たちに「ビジョン達成のために力を100%注げ」
と言って無理に突っ走ろうとしても、

社員たちにはそれぞれの私生活もあるし、休息だって必要だから、
ついていけなくなって限界が来る。

ということは、社員たちそれぞれの個人的な望みをかなえつつも、
うまく全体のビジョンに向かって進んでいくことが、
会社を持続させるために必要ですよね。


それと同じように、人の生き方として、
魂の望みを叶えるために、体や頭を使うってことも大事だけれど、

人間は、物質的な身体を持っていろんな体験をすることを楽しみたくて
この三次元の地球に生まれて来てるわけだから

その純粋な欲求を無理やり押さえつけようとしても、
やがてうまくいかなくなる。

だから、体や心の望みをちゃんと叶えつつ、
魂の望みに向かって進んでいく。

それが一般人にとってはやりやすいんじゃないでしょうか


しかも、前回ブログで書いたように、
魂の波以外はなかなか継続しないので、
体や心の欲は、ちゃんと満たされたらそれで終わりなんですよね。

逆に押さえつけると、満たされずにいつまでもひきづってしまう、
という傾向にあり、欲を満たさずに手放すのは相当の修業を積まないと難しい。

・・・私なんか四半世紀以上ダイエットを試みては挫折を繰り返し、
ダイエット辞めたらゆがんだ食欲がパタッとなくなりましたからね( ̄▽ ̄)



世の中的にも、
共働きなのに子供生まれたばっかりで転勤命令、みたいなおかしなことが、
ちょっと前だったら会社では普通に行われて、嫌でも従わざるを得なかったけど、
今ではみんなが「嫌だ」って声を上げて、大炎上しちゃうように、

もう軍隊みたいな会社に絶対服従のやり方は通用しなくなって、
そういう会社はブラック企業の烙印を押されるようになり、
プライベートの充実も生きていく上では大事だという考えが常識になってきましたよね。


まるでそういう動きとシンクロするかのように、
スピリチュアルな業界でも、
「煩悩はいけません、我欲はいけません、だから修行で断ち切りましょう」
という考えがどんどん古くなっていって、
「欲とはうまく付き合うものです」というのが主流になってきたのを感じます。

今ではブラック企業の現状がSNSで丸裸なのと一緒で、
昔は「自分は我欲はありません」みたいな立派なことを言いながら
蔭でコソコソ欲まみれの行動してる聖職者も結構いたのが、
今はそういうのも全部ネットで晒されちゃう時代になり、
隠し事ができなくなってきたというのもありそうですが・・・(笑)


もちろん、コツコツ修行して欲をなくしていくのができる人は、
それで進んでいけたら素晴らしいと思います。

ただ、それが難しい人が無理をしようとすると逆に挫折しやすいので、
この三次元地球のやり方でやっていってもいい、
ってことをみんながわかってきたんでしょうね。

不自然なことはやめて自然に行こうよ、
というのが世の中全体の流れとしてあるのかな〜と思います。

令和っていう元号は、
ビジョンに従いつつも、無理せず現実との調和を図りながら生きていく
という字に見えなくもないですね(笑)




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