2017年11月30日

やりたくないのは自己否定してるから

という記事を書きましたが、その続きで。

「光が濃くなると影も濃く見える」っていいますよね。

それでいうと、

周りにリア充で輝いてる人がいると
それまで向き合いたくなかった
自分のダメダメな部分が
はっきりと見えてしまい、落ち込む
んだと思うんですね。



今まで私は、自分の時間と労力を捧げて
嫌いな他人のアンチ行為をしてる人が謎だったんですが、
そういう人たちは、光に照らされてしまった自分の影を
必死で消したいのかもしれませんね。


でも今まで見たくなかった自分の姿が見えるということは、
その部分に向き合って解放していくチャンス
でもあるんだと思うんです。

「ダメな自分でも素晴らしい」と悟ったときに
その影の部分も解放できるのだから
誰かを否定することに時間と労力を使うよりも
自分を肯定することにフォーカスしたほうが良さそうです。


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暗闇でこそ輝くイルミネーション


・・・そんな「ダメな自分も素晴らしい」と思えるまでの私、
とにかく「やる気が起きない病」になって、
事務作業とか編集の細かい作業に拒絶反応が起きてしまい
やる気になるまでやらなかったわけなんですが、
じゃあ、やりたくない=嫌い、かといえば、
そういうわけではなくて、
やればやったで楽しいんですよね。

なのになんでやる気にならないのか?
というのが、先日急にわかった瞬間があり、
Facebookにこう書きました。


事務仕事ってやれば楽しいのになかなかやりたくないのは何でだろう?って思ってたら、

よく間違えるのでミスしないよう必死に気を使うのが疲れるし、
それでもミスして指摘されるとガッカリ感が半端ないからだって気づいた!
ミスする自分でもいいじゃんって認めたら楽になった



つまり、作業自体が嫌いなわけじゃなくて、
「失敗するのが嫌」っていうのがストレスの一因だったんです

たとえば、編集の仕事でどれだけ何度も細かくチェックしてもミスを指摘されることがあるし、
どれだけ完璧ないい本だと思っても批判されることもあるんですよね。

そんなとき、すごく労力を使っただけにがっかりしてしまうから、
次は失敗しないように頑張って、
それでもミスして、
またがっかりして・・・

そういうことを繰り返してるうちに疲れちゃってたわけなんです。

じゃあなぜ失敗するのが嫌だったか?というと、
背景にあるのが「自己否定」だったんですね。

きっと「失敗しても出来なくても自分は素晴らしい」って思えていたら
失敗しても気にしなかったと思うんです。

でも今まではそう思えなかったので、
ミス→自己否定
人の期待に応えられない→自己否定
というように、
失敗しては自己否定することを繰り返していて、
情けない気持ちになってたんです。

でもそうやってると、だんだん楽しかったことも楽しめなくなってしまうんですね。

たとえば純粋に英語の勉強が好きでも、
TOEICでいい点とれない私はダメ…ってイチイチ落ち込んでたら、
勉強するのが楽しくなくなってきますよね。

走るのが好きでも、遅いからダメだって思ってたら、
走るのが楽しめなくなってきますよね。


だから、何かをやりたくない!というとき、
今回のように一度やめてみるのもいいと思うけど、
その「やりたくない」の理由を突き詰めてみるのもいいと思うんですね。

そうすると、やりたくないのは
自己否定が原因だったりして
本当に嫌いなわけじゃないんだ、
ってわかることもあるみたいです。

私もやっと失敗する自分でも素晴らしいんだって思えるようになってきて、
「やりたくない病」から少しずつ抜け出せてきました。


自分って素晴らしい! って思えるかもしれない、




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