2019年10月23日

起死回生の令和晴れ

ここ最近、台風19号の被害とか、
東須磨小教師いじめ暴行事件のような衝撃的なニュースがあって
自分や家族に被害が及んでいるわけでもないのに、
何だか心痛めることが多くてもやもやした感情を引きずっていた日々でした涙ぽろり

自己啓発的には、他人の出来事であれこれ気を揉むのって、
自分の幸せにフォーカスしていたら周りも幸せになっていくってことを考えたら、
かえって逆効果なんですけどね・・・困り

わかっててもついつい被害が気になっちゃうあせあせ(飛び散る汗)

でも、そこで思い出したのが、先日ブログに書いた

自己啓発的には正しくないとしても、
気になちゃうんだからしょうがないじゃんね〜〜
それだって愛の表現ってことでオケ!

と開き直って全部認めることにしたら、
なかなか消えなかったもやもやした感情がすっきりしてきました(*^_^*)

自分も周りも幸せにするための自己啓発なのに、
いつの間にか「その通りにすべきだ」って枠にとらわれて
逆に自分を責める材料にしてた気がします^^;

まずは、その通りできない自分でもいい!それだって愛だよ!って思うところからですね。


・・・・・・

そんな中、昨日は朝から台風19号を彷彿とさせる大雨。

娘の部活も中止になり、外出できそうな状況でもなく、
家でのんびり即位礼正殿の儀をテレビで見てました。

5月1日に皇位継承の儀式があったとき、
それまで雨だったのに儀式が始まったとたん急に晴れたので、
昨日も儀式前に夫が「今から晴れるよ」と「天気の子」の陽菜ちゃんばりに予言(笑)。

そしたら、本当に儀式直前まであんなに大雨が降ってたのに、
急に太陽が覗いて光が差してきたので、びっくりしました!

雨になったのも「天叢雲剣」の伝承通りだというし、
虹まで出て、富士山も顔をのぞかせたって聞いて、さらに驚きびっくり

思わず「愛にできること〜はま〜だあ〜るか〜いメロディ
って口ずさんじゃいましたよ(Radwimpsの主題歌)


最近また気象操作なんていう話題をよく聞くようになったけど、
もし人間が人為的に天気を操作しようと思っても
きっとこんな神業は無理ですよね。

以前本の編集をさせていただいた藤原直哉先生が
「人間の浅知恵が天の采配にかなうわけがない」
ということをおっしゃっていましたが
まさにその通りだと思います。

悪天候までも味方につけてしまう
天の采配としか思えない奇跡的な天気から、
今生天皇と天とのつながりの深さを感じ、
そこから天皇のお人柄というものを感じて
じーんと感動しました。

その天とのつながりっていうのは、
私たち一人ひとりがみんな必ず持っているもの。

とくに日本に住んでいる人はそれが強いのではないかな、という気がします。

言い換えれば、それって、誰でも奇跡のようなことを起こせる力があるということ。

今は世界的に不景気だし、消費税も上がっちゃうし、
日本がこれから良くなるわけない、なんてつい悲観的になっちゃうけど、

そんなこと言ってる場合じゃないな。

ここから自分たちの力を信じて奇跡を起こさないとな。

それが天からの私たちへのメッセージであり、天皇家からの日本国民へのメッセージ。

と、個人的にはそのように受け止めています。



DSC_0858.jpg
夏休みに遊んだ山田川の写真。今回氾濫せずにすみました。


愛にで〜きることはま〜だあ〜るよ〜メロディ(やっぱり最後はコレ)































2019年10月16日

台風とシャドウサイド

前回のブログでは台風15号でしたが、今回はまた19号の被害があり、心が痛みます。

自分や家族は無事だったけど、なんだかショックが大きくて、まだまだ被害が気になってほかのことが手に着かない感じ・・・青ざめ

やっぱり、被災地として報道に出てくる地名の7〜8割が行ったことある場所で、あまりにも身近すぎる、というのが大きいようです。

故郷の常陸太田市でも旧金砂郷村のあたりで氾濫したほか、隣の大子町や常陸大宮、常磐道からいつも見える水戸北インターの真下、いわき市や郡山、川越市に坂戸市、東松山市、奥多摩、二子玉川や武蔵小杉、相模原に箱根、上越市、5月に北陸新幹線で通ったばかりの長野駅とか、アウトレット行ったばかりの佐野市・・・。

たぶん東日本を移動することが多い人なら身近に感じる場所ばかりではないかと思います。

一日も早い回復と亡くなった方々へのご冥福を祈らずにはいられません。


ここから、個人的な台風体験の話です。

台風のつい3日前ぐらいまで、12日に久しぶりに友人たちと集まる予定で、大阪や名古屋のなかなか会えない友達もいたので、どこに行こうか?なんてLINEで話し合いながら楽しみにしていたのですが、その日台風がほぼ確実に来るという予報が出て、残念ながら延期に。

その後、伯母が亡くなり、告別式に出席するために12日か13日に帰省できないかと思って調整していたのですが、今回の台風は相当大きいらしいと聞いて、事前まで迷って取りやめました。

予定調整しつつもその間、家や車の防災用品を見直し、新たに必要そうなものを買い出しに行って、忘れたものをまた買いに行ったりして(笑)、すっかり台風準備疲れに(;・∀・)

でも結果的にここまで身近に被害が及ぶと、たとえ使わずとも防災の準備をしていたことが安心材料になってよかったと思いました。

また、週末の予定は変更になったけど、おかげで早くから台風情報をキャッチできて準備を早めにしたので、11日に何も売ってないスーパーで水や食品が買えなかったり、ガソリンスタンドの長い列に並んだりというような苦労はせずにすみました。

備えは早めにしたほうがいいですね。また、今回関東では先日の千葉の被害から教えてもらって準備できた人が多かったと思います。

そして12日当日。朝から聞いたことのないような雨音が続き、確かにこれは普通の台風じゃないな、と感じました。
昨年豪雨被害のあった福岡の人が「ゲリラ豪雨が一日中続く感じ」と言っていたけど、それに近いかもしれません。

台風が近づくにつれて風も強くなり、雨戸を閉めると、シャッターに吹き付ける雨と風ですごい音。
どうなるか不安だったけど、家は比較的高い場所にあるせいか水かさも増えず、10分程度停電しただけで電気も水もガスも問題なく使えて、家で無事安全にいられることに自然と感謝の気持ちを感じながら過ごせました。

翌日になって、川があちこち氾濫しているのを知りました。

茨城への電車も高速道路も不通。実家に行くにはどこかで那珂川を渡る必要があるのですが、13日朝にはもう氾濫が始まっていたとのこと。帰省していたら大変なことになっていたかもしれません。

日中は一般道の橋が一時全部不通になったという情報もあり、常磐道を通った親戚によれば、水戸北インターのあたりで高速道路の数メートル下まで水が来ていたそうです。

ただ、SNSではもう朝のうちから那珂川が霞ケ浦かよってくらいすごいことになっている写真が次々とアップされていたのに、テレビで見ていてもそのニュースが昼過ぎまでまったく何も入ってこなくて、あまりの情報の遅さにメディアの報道の限界というのを感じさせられました。

テレビがあって助かったし、Nを潰せとは言いませんが、そこに出てこない真実があるということを緊急時にはちゃんと自覚したほうがいいな、と。

・・・そんな感じで過ごした台風の日々でした。
もし今回の台風が大したことなかったとしても、安全を取って無理をしなかったことは正解だったかな、と思います。


DSC_1085.jpg
台風一過の穏やかな空。


そんな中、ちょうど出たばかりの編集協力の新刊


51fpALpULJL._SX348_BO1,204,203,200_.jpg


著者のまさよさんが、「この手帳はお守りになるので、ぜひ持っていてほしい」とおっしゃっていました。

この手帳の中で、まさよさんがインスピレーションをうけておっしゃっているのが、
「来年のキーワードは鬼」ということ。

Amazonのレビューに書いてくださった方がいて、そうか、鬼って艮の金神なのか、と思いました。

艮の方向というと、今回の被災地の東北のあたりともいわれていますね。

大和朝廷が東北に追いやって征伐した蝦夷の人たちを「鬼」として、
仕返しを恐れたので、艮=鬼門と言われるようになったともいわれます。

そのまま現在まで、日本の歴史のメインストリームの中ではずっと、大和側=善、鬼=悪、とされてきているんですね。

ところが、来年からは本格的に鬼が復活するそうです。

それは、手帳にもあるように、これから「今まで悪とされてきた人が悪ではなく善だとわかる」とか「影にいて虐げられてきた人たちが脚光を浴びる」時代が来るということでもあるのかな、と思います。まさに鬼王の復活・シャドウサイド(妖怪ウォッチ)。

ただそういうのを、陰謀論では「今までの権力者は、善のふりをしているけど本当は悪人なのだ」と言ったりして、ともすれば私たちはどちらかが悪でどちらかが善のような言い方をしてしまいがちですが、本当は何が悪で何が善なんだって決めつけられるものではないんですよね。

「悪が善になり、善が悪になる」というよりは、善・悪という二元の世界だったものが、これまで邪魔にされてきた悪のほうが注目され、善でもあることが知られることにより、私たちが悪と善が表裏一体であることに気づき、「善も悪もない一元の世界」に近づいていく。

艮の金神といえば日月神示が有名で、私も全部読んだわけではないのですが、「悪を抱き参らせる」という言葉は、まさにそうやって「善も悪もない世界に近づく」という意味なんじゃないかな、と思ってます・・・というよりはそういう世界になることを願ってます。


・・・といいつつも災害は怖いので、まずは来年この女神手帳をお守りにして過ごしたいと思っています(*'▽')